Shokola Life Returned After 3 years3★3年振りの復活、近況報告

Heyyyaaaaaallll!!!!!
SHOKOLA LIFE has returned after the silence of three and half years.
Beynod lots of miracles, crazy bombs, and dramatic transformation, this blog is reborn here with my passion, joy and fierce to spread love and light on earth, in our universe.
Also as my notes for my research fieldwork, reminders of african arts issues and cultural anthropological thoughts.


2012年のロンドン・ホームレス日記(笑)から途絶えて3年半
今日よりSHOKOLA LIFEを復活します!
この3年半は25ansという高級ファッション雑誌のブロガーとしてだけちょろちょろ不定期に書いていたり、妊娠・出産という人生一大イベントを迎えて、2016年前半はSNS全般を活動休止していましたが、2016年後半は海外生活に突入したこともあり、また自由に書きたいなと。
あの自由なSHOKOLA LIFEのほうが好きという方々にエールをもらい(私もこっち書いてる自分のほうが素でラク。笑)また調査の気付きや研究メモ的な、諸々の整理にも使いたいなと思い。


ざっくり今までの経緯と状況を記すと、
2012年極寒のロンドン・ホームレス生活&国際弁護士宅ステイを経て、
ガーナに渡航しまして、まー超怒濤なクリスマスを過ごし、
その甲斐あってDeborah VanessaのバックダンサーとしてConference Centreという大舞台デビューし、
日本人で初めてBanana Azontoを発祥地ガーナで踊る(笑)
年明けまさかの日本より美術コーディネーターの仕事が舞い込み。
ご縁を繋いで頂いた @kameisi (Twitter) さんにはその後息子の高熱時にドバイでも助けていただきもう一生頭が上がりません!
国際交流基金という超しっかりしたとこで、現代美術家の小沢剛さんの作品を現地調整すること、準備から展示含めて約半年。
デザイナーの大岡さんとはその後も別仕事でご一緒することにもなり。
このとき後にスターダムへと階段をのぼるKing Aysobaを音楽映像のストーリーテラーに起用。
長年の友人であるプロデューサーのPanji、Joe Blackが現場を仕切り、Wanlov The Kubolor & Yaa Pono & Lady Jayを映像に起用。
(私のここ一番の大仕事なのにヘソを曲げたワンラブは途中で消えるというまさかの失態に膝カックン。。。が、現場にきていた音楽人類学者/映像作家のJesse Weaverには「初めてはどう?上出来な映像コーディネーションだと思うよ」と励ましをもらいなんとか腰が立つ。。。)


ここでミラクルまさかの一児を授かり!!!!!
後に「An African City」を地でいくことになる親友 @amajas には病院同伴で
「Oh my god, Shoko!!! I’m crying!!!」と新しい命の誕生に感動と喜びを共にする。
肝心の父親であるワンラブは、彼も彼で前々から計画していた自主映画「Coz Ov Moni2」の怒濤の撮影に突入し、ワンラブ・ママという主不在のジョールー(高級住宅街)邸宅をひっくり返して連日の撮影、撮影クルーや男女が入り乱れ、「妊娠初期は心身ともに安静に」とかいう文句はかけらも見当たらない。
さすが根っからのFokn Boisは受精卵ひとつくらいどこぞ吹く風、彼の唯我独尊、音楽人生にもアーティスト仕事にもなんの支障もきたさない。


小沢さんの作品を横浜で展示するに伴い、お腹に宿した天使とともに帰路につく。
SHOKOLAのガーナ・アートライフを常に応援し、養い、戦友でありつづけたアクラの守護神マキ @songline に見守られ、故郷に降り立つ。
天照大神・ケイコさんは「生みなさい!」と心底応援、女の人生の喜びを分かち合う叔母にも支えられ、天国のお父さん事後報告でスミマセンどうか見守ってください!と人生常に見切り発車。
ここより我が人生、シングルマザー・ライフが開始する。
(だが育児カウンセリングでも指摘されるが、シングルマザーでありながら、遠距離家族という国際カップル夫婦の状態でもあり、両方の経験と悩みが葛藤の種に。これを同じ悩みをもつ女性のために活かしなさいとお告げが)


日本では天国のような穏やかで平穏なる日々をすごし、受精卵はちゃくちゃくと成長。
父親としての意識をもってもらわねば困ると、白黒から4Dエイリアンのエコー写真を送り続け、胎教にアフリカンHiphopを聞かせる日々。


日本で出会った音楽人類学者の川瀬さん、鈴木さん、アフリカ/Hiphop音楽関係の関口さん、エチオピアの山本さん、ポップアフリカ800の萩原さん、といったアフリカと音楽に深く関わる人達との出会いは、実はとても重要だった気がする。
国際協力やビジネスだけじゃなく、音楽やアートでアフリカに関わりたい。
そういった決意が根底にできあがった、それを直視する勇気をくれたのは、先輩たちのおかげ。
妊娠中に日本の大学院を受験し、見事合格。出産後2ヶ月半で大学院生となる。


写真と映像を器用にこなす双子のYu&Sakuraとは2011年にもち帰ったガーナの写真をきっかけに友達になり、東北ボランティアや世界半周中には離れていたけど、ふたたび共鳴し協力してもらって妊娠9ヶ月&臨月のパンパンのお腹でマタニティ・フォトを撮影。自宅にてボディアート、撮影スタジオを設営。
二人はその後も出産の病室での新生児撮影、自宅に再びスタジオを作っての家族写真と、日本にいる限りはたくさんのコラボをする。精神的なことや目指すところも、大きな影響と癒しをもらう。


アユたちともAha3de(アハエデ)を活発化。妊娠8ヶ月のお腹を抱えながら横浜みなとみらいの音楽祭で、ドックヤードにてガーナダンスを踊る(笑)恐ろしい笑いセンスとなんだかんだ細やかなマイマイに会計を任せ、世界一周から帰ってきたカヨ氏、隊次はちがうけど東京在住のなっちゃんはマルちゃんも加わり、それぞれ長所が輝くコアメンバーが固まる。JICA横浜のアンクル田中、ガーナOV大先輩の「みなみ」の会の協力を得て、その後2015年11月にはJOCV五十周年の大舞台で @DrumCafeJapan とステージコラボ、ガーナ伝統ダンスを4500人の関係者の前で披露。いちやく国際協力・国際交流業界ではアフリカ=アハエデの認知が広まる。出産時は数ヶ月出演できなかったが、ガーナ・ジャパンキッズがアハエデに増えたこともあり常にミックスの子供の未来を考えるようになり、その後SHOKOLAの日本人生ではアハエデの企画運営が大きなウエイトを占めるようになる。


風来坊の自由人ワンラブが日本にやってくる気満々ということで「マジかよ、おい」と目の前に現れるまで疑い続けたが、年始に極寒のスイス公演をへていつものドレッドヘア・巻きスカート・素足でおりたった成田空港。すでのSHOKOLAは男児を出産!立ち会いは天照大神ケイコさん。お前は一体誰だ、並に別人のように甲斐甲斐しく 新生児の世話をするワンラブ。(沐浴、夜中のオムル替え、今思うと本当にもっと頼ればよかった。。。)ろくに観光もせず本当にベビーの世話だけして帰っていったワンラブ、「(やろうと思えば)父親できるんじゃん」とちょっと絶句した数週間だった。しかしこの後「日本にいく」と言ったかと思えばキャンセルし、結局息子は一歳七ヶ月になるまで父親に会うことはなかった。


2014年春、桜吹雪の散るなか、SHOKOLAは社会人ママ学生として東京の入学式に出席した。
二ヶ月半の息子を連れて。
息子はすでに1日より入園式、午前保育の開始。
布おむつに冷凍母乳という、まさに理想のアットホームな保育園。
まさに息子はここで育ててもらうことになる。
こんなに小さなゼロ歳児はなかなか珍しようで(日本社会の仕組みをまったく知らずに生きてるが、多くの仕事をもつ女性は産休の明ける生後半年以降から保育を開始するようだ)
さらに「ハーフ」で目立つは目立つ、たいそう可愛がってもらった。
(いろいろ事情があるから日本社会で目立ちたくないんだよね、特にママ社会とか超面倒)


10年ぶりの文献講読とか本当に脳みそ大変だったけど、やっぱり勉強するって楽しい!
先輩ママ修士のトシぴと情報交換して、やっぱりこういう存在は頼もしい。
一回り年下の中国人留学生と机を並べる日々、一回りも二周りも上の人生の先輩たちと机を並べる博士ゼミ、教授のマンツー指導、どれも超貴重。そして知れば知る程、世間からは独立した超独特なアカデミック世界。


ここでもやっぱり、ここじゃなきゃないご縁にめぐりあい、支えられ、人生はまわっていく。
11年ぶりに日本人修士を採用してしまった(失笑)オセアニア文化人類学者・エロ研究大家・その実は超辛口批評家の栗田先生は、適度な放し飼いが社会人学生にはちょうどよい距離感で。
西アフリカ民族史家・社会人類学者の真島先生にマンツーからゼミから飲みからお世話になり、いやもー世話になりすぎ「おせっかい!大嫌い!」だなんて言えません頭一生あがりません。
そしてもう存在が輝ける奇跡、今福先生。存在がアート、ほんものの詩人、そして芸術批評とは、芸術と芸術家にこうして寄り添うものなのか、言葉をつむぐものなのか、愛と怒りが著書と活動の原動力で、懐の深さや仕事の広さはつねに学外の人がゼミに関わるのにも表れ。
このお三方に出会うために、私はここに来たのだと。
だかたまだ満足できずに博士を目指すのだと。


そーはいってもやっぱりシングルマザーって大変よね、ああガーナみたいに完全住み込みナニーが欲しい。(先進国じゃ絶対無理!)精神的にも波があって、修士二年目は休学をはさむ。もともと予定していたルーマニアとラオスへの家族旅行を、息子と堪能。こうしたゆったりした時間が欲しかったから、産後すぐに進学という道を選んだのだ。もう社畜にはなれないと悟った2011年、妊娠で一時は諦めたが、川瀬さんたちに出会って「進学」の文字が点灯した。子供が小さい今のうちしかない!社畜に戻るのはその後だ!


ルーマニアは素晴らしかった、出産以来の父親との再会。ワンラブはやはり父親だった。
ママとフランシス、息子の祖母と伯父にも会えた。
ルーマニアは美しかった。レトロな電車も、高い太陽も、田園も草原も、首都の街並も、羊の群れゆく山々も、すべてが輝いていた。
東欧はヨーロッパのアフリカと形容されるように、大らかで陽気な時間が流れる。
次があるなら海にもいきたい、トランシルバニアの山にもいきたい、ジプシーに会いたい。


ラオスには現役・協力隊員の弟に会いに行った。母と叔母と、ガーナの旅を思い出しながら。
弟は相変わらず、とても朗らかでのびのびとして、てゆーかラオ語が堪能すぎてどん引き!
JICA職員にも言われるくらいって、どんだけ!言語オタか。とにかく一芸は身を助ける。
それ今後の人生でも活かせよ~!(応援口調)弟の完璧アテンドで、東南アジア最後の秘境を思う存分堪能。素晴らしかった!古都ルアンパバーンも、生唐辛子もりだくさんの現地料理も、像さんトラッキングも、ラオス万歳!中国ラオス県にはまだまだならないで!ラオス大好き!


そうこうしているうちに、なんと合格してしまったのが松下幸之助国際スカラシップ!
これでなんと一年間の留学費用をサポートしてもらえることになった。
修士論文の研究調査を兼ねて!同期には学部生から博士課程、助教の方までいろいろ。
アフリカ研究には女性がならび、南米研究はママさん!心強い!


そうして同時にお声がけいただいたのが、人気作家メレ山メレ子さんの、ガーナ棺桶コーディネーター!2015年の年末年始はガーナに飛び、港町テシの棺桶工房に通い詰めた。このときもワンラブは徹底サポートでほぼ息子の面倒をみていた。やればできるじゃん。。。おかげで無事ポテト棺桶は歓声し、エミレーツ窓口ですったもんだの挙げ句にカーゴで輸送。SHOKOLA、別送品もできるじゃん!コーディネーターとしてちょっと腕をあげたかなとうぬぼれたら、現地通訳で大揉めしてしまい、腕の未熟さを認識。いいです、これからは誰も通さず、一切を自分一人で仕切ります!それで文句ないでしょ、人脈が命だけど、自分で責任とれる仕事がしたい。


帰国後、2016年前半は完全にネガティブスパイラルに陥った。調子が上がらない。軽くうつ気味。おかげで研究が全く手につかない、留学準備もまったく進まない、やっぱりつくづくシングルマザーは向いてないと思う。ガーナに戻りたくない、ワンラブに会いたくない、進学もしたくない(まだ論文かいてすらないが。笑)負の感情が連鎖する。半面、息子と向き合う日々、子育てと、アフリカンダンスと太鼓と、アハエデに打ち込む。打ち込むことがあるのはいいことだ。調子が上がらないときは他者ストレスを断つためにSNS断食。これオススメ。SNSでアカウントいっこ死ぬくらいどうってことない。また生き返ればいいだけ。


新学期から講義がはじまり、無理矢理にでもアカデミックに引き戻され、ようやく社会活動が始まる。いつでもそうだけど、暗黒のときって本当に人生辛い。その後いつも予期せぬ光が始まり、光明の世界に引き戻されるんだけど。


そうして文献に向き合い、へっぽこ稚拙すぎて隠れたい論文サマリーをなんとか書き上げ、諸先生にも向き合い、ガーナ大学入学準備を整え(海外留学の準備ってどんだけ恐ろしのと思ってたけどSHOKOLAにも出来たよ!)、値上がりする航空券を早々におさえ、海外旅行保険の金額に目を向き、メンタルは全くアがらないが、フィジカルな現実は着々と渡航にむけ準備が整う。泣いても笑っても、もう飛び立つしか道はない。相変わらず最後のパッキングは側にいる人の手を借り、横浜実家の占領していた二階の三部屋を発つ鳥跡を濁さずキレイに片付け!


八ヶ月振りに常夏ガーナへ飛び立った。



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