投稿

5月, 2010の投稿を表示しています

アンスの夢の跡3

イメージ
イースター祝日が明けた週、SHOKOLAは出張旅行に出かけた。トーゴ国境沿いボルタ州ホホエの観光ツーリスト・オフィスで働く同期隊員(日舞のKOMA!)の配属先に要請されて、写真を撮りにいってきた。数々の滝でマイナスイオンに癒され、美しい洞窟でアドベンチャーを堪能し、山登りと絶景に心を洗われ、猿の自然保護区や伝統的なケンテ織の村を取材した。
アクラでの騒動とスンヤニでの事件でどこにいても気が休まらなかったこの一カ月、神様に人生の休暇をもらった気がした。アメリカ人ボランティアのホームパーティにも参加して、一日留学も体験した!(アメリカ英語、全っ然わっかんない!)後半は同期のてっぺーも加わり、三人で日本食作ったり日本のお笑いムービーに爆笑したりして、同じ部屋で合宿のように雑魚寝した。
同じ頃、アンスはテマにいた。バスは貨物の移動で前後のバンパー部分を損傷し、修理に出したという。…あれ?出せたの?税関は?そしてバスの中の物資を取り戻し、子供達に渡すため一足先にスンヤニに運ぶという。

「チラで子供達に寄贈品を渡すセレモニーをやるよ。ビアトリクス達にスクールバッグだけでもちゃんと渡せたよって証明する写真やビデオが必要だからね。」

「そっか…私たぶん出れない、今ホホエだから。でもアクラ経由で帰るから、修理に出したっていうテマのバス見に行こうかな。」

説明を聞いてもなんだかよく分からないテマのだだっ広い工業地帯、タクシーの運ちゃんとあれやこれやと探して諦めかけたそのとき、運ちゃんが「あれじゃね?」といって指差した先のトラック修理現場の中に真白い大型バスを発見した。

あったーーー!!!写真でみた白いバスだー!本物だー!おっと、現場の兄ちゃんたちがたむろしてる…怪しまれないように、ちゃんと挨拶して許可もらわなくっちゃ…笑顔で近づいてチュイ語で落とし、荷物番をしてもらった。

わー、本当にガーナに来てたんだー、あ、中はほんとうに座席がない変わったバスだ~、結構砂埃が凄いな~…ラインラントから来たバスか…バックライトもフロントも粉々やんけ。

ひとしきり撮影して、はたと考えた。このバス船の外に出てきたってことは、やっぱ税関通過したってこと?どうやって?それとも修理だけ先にやるとか、そんなことできるの??
スンヤニに帰ったらナオミが教えてくれた。「アンスが全部払ったってさ」

えー!!!あの大金、…

アンスの夢の跡2

イメージ
「お兄ちゃーん」
チラハウスの同居人・測量隊員まこっちゃんは、みんなに慕われる兄貴的存在。村落活動の石鹸作りでも色々調べてたくさんのアイデアをくれた、SHOKOLAの知恵袋&人生相談室。何より超優しい。料理もうまい。一体どんな嫁さんをもらうのだろう。日頃から色んなグチを聞いてもらい、Music Awards騒動もあーだこーだと悩みをこぼし、アンス事件の事の顛末を告げると「よくもまーそんなに次から次へと」と笑いながら一緒に考えてくれた。

「…免税だねぇ。個人で払う額にしちゃデカすぎる。ドイツ大使館とかGTZ(ドイツ技術協力公社)とかならなにか特別措置があると思うんだけど…これ個人で動いてるプロジェクトなんだよね?この人もバス持ってきちゃうなんてねぇ。で、どんなバスなん?」

アンスにもらった写真データを見せたら失笑された。
「ダメだよこれ、大型特殊バスじゃん。1000万円はくだらない。査定にも時間かかるだろうね~、なんでこの人こんなバス持ってきたかね?しかもこれ改装しなきゃ使えないじゃん。内装の工事に二カ月、500万円はかかるね。」
えー!!!建築技師のプロが言うのだから間違いない。アンスはもう二週間後には海の向こうだ。二日で終わらそうと計画してたよね?無理じゃん!どーすんのー!

とっておきの飛び道具。知り合いのツテをたどってお偉い専門家の方にご意見を伺ってくれた。ありがとう、お兄ちゃん。

「大使館は個人に対して動けないから、ガーナ政府機関か地元の伝統権威とか、そういった公の組織をかませることができたら免税措置が取れると思う。一番問題なのはバスの保管料。二か月も港に置いてたらバスの元値を上回って最悪廃棄だってさ。」

えーーー!!!!!絶句…廃棄って!いったいどーなっちゃうのこのバス!SHOKOLAの頭は大パニックである。や~、それにしても社会の仕組みのいいお勉強ですわ…税金ねぇ…物の行き交いにはお金が課せられるのだ。まこっちゃんはいつも優しくサラッと核心をつく。今回も寸分も違わず的を射た。

「例えばこの大型特殊バスをドイツで売ってそのお金をチラに寄付して、チラの人が欲しいものを買うとかさ。チラにはもう学校が溢れてるよね。スクールバスが本当に必要なのはオフロードの先にあるコミュニティだけど、このバスじゃそんなところまで入っていけない。この間チラの奥のコミュニティに活動でいっ…

アンスの夢の跡1

イメージ
アクラに強烈なしっぺ返しをくらったshokolaだったが、今はスンヤニ・チラのスクールバスをどうにかしなくてはならない。しかも合間に活動詰め込んで完全にキャパオーバー、心とカラダが分裂しそう。嵐のようなMusic Awards騒動で終わった三月、迎えたイースター祝日にチラでアンスのウェルカム・セレモニーをやるという。日本人ボランティアも全員出席してバスと寄贈品の贈呈式を盛大にやろうと、チーフ関係者や村人をとりまとめて大張りきりのクミさん。

ちょっと待って、バスはまだ税関で足止めくらってテマの港だよね?アンス、一体どうするつもり?

「関係省庁にレターを書いてもらって、免税措置を嘆願するよ。」
そういってバスを取り戻しにアクラに発ったアンス。連休を利用してスンヤニに遊びに来たむさぴょんとキンタンポの滝やコートジボワール国境付近の村まで行ったりしながら、頭の中ではバスとアンスが右往左往。アンスは音信不通、迎えたセレモニー当日、いざ集合時間になっても来るはずの迎えが来ない。電話口でクミさんが答えた。
「アンスがバスを持ってこれなかった。セレモニーは二週間後に仕切り直しだ。」

えー!だってアンスの滞在期間は一カ月だよ。だいたいホントにバス持ってこれるの?バスなしでとりあえずセレモニーだけやるとかさ?いても立ってもいられず体調不良のむさぴょんを放置して(ごめんむさぴょん!)スンヤニの妹夫婦のもとに身を寄せるアンスを訪ねた。

「SHOKOLA!!よく来たねー!どうぞお上がり」チュイ語を喋るオブロニは関係者全員への挨拶回りが基本、家の説明を受けながら色んな部屋に通される。「みて、ドイツ製の洗濯機と冷蔵庫だよ。こっちはドイツで買ったビデオカメラとオーディオ。ドイツビールとワインもあるよ、飲む?」ガーナ人の洗濯は手洗い、敬虔なクリスチャンほどアルコールを飲まない人が多い。アンスの部屋はダブルベッドが配された一階中央を陣取り、庭にほった井戸から取れる水で飲料水販売事業を始めたという。(ガーナではビニール袋に入った安価な飲料水が一般的)
なんだ、この家…。ドイツ家電にあふれ、アンスがドイツで稼いできたであろう外貨がつぎ込まれた、オブロニ文化まみれの空間に平衡感覚を失う。無邪気なアンスが天使のようにきらきら舞う。

「レターは取れなかったから免税措置はできなかった。特殊なバスだから課税の査定に時…

真剣勝負

イメージ
またもや新たな難題に直面したSHOKOLAに、ナオミが人生の指南書を貸してくれた。
松下幸之助著「道をひらく」
天下のPANASONIC創始者、松下氏が設立したPHPに連載したエッセイをまとめた小本である。

眠れぬ朝を迎えたとき、ある一頁がSHOKOLAの道をひらいた。

真剣勝負

 剣道で、面に小手、胴を付けて竹刀で試合をしている間は、いくら真剣にやっているようでも、まだまだ心にスキがある。打たれても死なないし、血も出ないからである。しかしこれが木刀で試合するとなれば、いささか緊張せざるを得ない。打たれれば気絶もするし、ケガもする。死ぬこともある。まして真剣勝負ともなれば、一閃が直ちに生命にかかわる。勝つこともあれば、また負けることもあるなどと呑気なことをいっていられない。勝つか負けるかどちらかに一つ。負ければ生命がとぶ。真剣になるとはこんな姿をいうのである。
人生は真剣勝負である。だからどんな小さな事にでも、生命をかけて真剣にやらなければならない。もちろん窮屈になる必要はすこしもない。しかし、長い人生ときには失敗することもあるなどと呑気にかまえていられない。これは失敗したときの慰めのことばで、はじめからこんな気がまえでいいわけがない。真剣になるかならないか、その度合いによってその人の人生はきまる。
 大切な一生である。尊い人生である。今からでも決しておそくはない。おたがいに心を新たにして、真剣勝負のつもりで、日々にのぞみたいものである。

申し訳が立たないと泣く前に、やれることをやっただろうか。否、この一週間呑気に待っているだけだった。残された一年、この千載一遇のチャンス、掴み取るためにまだできること、あるんじゃないか。「諦めたらそこで試合終了ですよ」安西先生の仏顔が浮かんだ。

I never give up, I do whatever I can do, and I will get any chance, ok?
言葉にして伝えたら気持ちが晴れた。なんだってやってやる。ボランティアにとぶクビはないけど、たぶん自分で絞めるハメになる。いいよ、死ぬときまとめて後悔します。

でもこの「真剣勝負」の気概があれば、オフィスの怖いおつぼねや難しいお年頃のお姉さまにビクビクせずに自信をもって仕事ができるのかもしれない(笑)。「生命かけて」仕事をしよって覚悟したときに思い出したのは…