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ただいま Welcome Akwaaba

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ただいま横浜! 三日間のJICA研修を終え、 地方組の新宿ホテル潜り込みステイの旅も終え、 帰って参りました故郷横浜。
もう全てに感動しっぱなしの日本帰国。 だって見るもの聞くもの全部二年ぶりの日本だもの。
コンビニおにぎりの白ご飯に感激! 居酒屋メニューの豊富さに絶叫! バス乗り場のおっさん達の冷たさに逆切れ! 通りすがりの店員さんの丁寧さに動揺! 日本人の肌の白さとマスクに驚愕! 冬のような寒さに凍結! お風呂に温泉のモト入れて極楽! 母の手料理に舌鼓! でも将来のことで帰って早々大喧嘩! 携帯電話が未だに選べず帰国ショック! 街行くサラリーマンと若者達の顔が同じに見えるのはなぜ! ガタイの良い黒人さんに思わず微笑んでしまう! しかもドレッドがかっこよく見えてしまう! 人ごみに上手く合流出来ない! 犬(サスケ)が私を覚えてた! 実家のテレビが超大きくなって薄くなって画面キレイ! 居間の板の間が超冷える! 日本のビール渋い! ガーナで編んで来た髪の毛のせいで視線を感じるが誰とも目が合わない! (赤と金のウイッグをミックス)

三日間の研修の様子と 他国ボランティア達の交流は追ってアップ致します♥ 皆様お元気でなによりでした しかしご家族やご友人に被災された方もいました、 帰国隊員一同で黙祷を捧げました。
今日は春分の終わった日曜日 家族揃ってお墓参り
母校の市立山下小学校、立派!!!!!

校庭では少年達がサッカーに興じていました 皆、キレイなジャージを着て靴下はいてスパイクはいて 真っ平らなグラウンドには外から持って来た粒の細かい キレイな砂が敷き詰められている 立派なバスケットゴール カメ子と化したshokolaを見て去年ガーナに来た弟がつぶやく 「サッカーゴールにネットがあるね」 hahahaと笑ってシャッターを切る 「ポール二本でゴール作れるよ」 ガーナの公立学校の橙色のシャツと茶色のスカートやズボンを思い出した 「裸足でサッカーしてたりする?」 うーん、そだね 「強いクラブチームは寄付された揃いのユニフォームや 中古のスパイクを使ってるよ。 普通の生徒は靴もいるし裸足もいる、 でも大概は学校の制服で走り回ってるよ」

父のお墓がある霊園は実家から車で15分ほどの小高い山の上にある
狭い道路を小回り効かせて器用に運転する弟①りょうくん 「今のTジャンクションなんで二台同時にすれ違えるの!奇跡!」 「こんなん当たり前だし」 昔は家車のTOYOTAのNOAHを乗り回して…

To my motherland JPN 2

ピゴトラ様へ

こちらこそ、ありがとうございます

被災にあわれた皆様には心よりお悔やみ申し上げます
日本の家族は無事でした
友人は日々をたくましく頑張っている様子がfacebookやtwitterから伝わります

皆、落ち着いたら是非お会いしましょうね

NPO法人JOCA(協力隊を支える会)でもJICAより要請を受けて緊急支援ボランティアを急募しており、shokolaも微力ながら何か出来る事があればと思い登録しました。外国からの支援の通訳や支援物資の運営スタッフなどのお手伝いと伺っています。

未曾有の難局に直面し、新たな風が日本社会に吹き込まれることを実感されている方も多いのではないでしょうか。

吹きすさぶ寒風は本当に身にこたえます。が、
最低限の水と電気と食料さえあれば、
心通うわずかな友人と温かな家族がいれば、
人は幸せに生きられます。

心穏やかな時もあれば、筆舌しに尽くしがたい絶望に打ちひしがれる時もあるのが人の世。
半世紀前と此の度と、二度も被爆した国が他にあるのでしょうか
日本は何か特別な使命を負わされているような気がしてなりません

運命と呼ぶには余りにも惨い現実ではありますが、
消費大国の日本は節電や節水、省エネをここまで実践し、混乱もなく皆一致団結する様子は間違いなく世界に大きな問いと影響を投げかけています。

日本は社会規範と倫理が整った、類い稀なる可能性を持った国です
実力を発揮しきれない今までの政治や経済の現状を嘆く諸外国も、復興を期待する声が上がっています

全ての次元に置いて世界が転成の時期にあるのだと色々な方面で聞いていましたが、今がまさにその時期なのだと教えられました。この一年を乗り切った来年あたり、私達は、この国は、この星は、どのような様相でいるのでしょうか。

皆様、共に頑張りましょう

To my motherland JPN

3月11日金曜日
SHOKOLAとシスターナオミは任地スンヤニを引き上げ、首都アクラに向かった。
明け方まで荷物のパッキングに追われ、同居人ノリくんに手伝ってもらい残す荷物を引き継いで(BIG THX!!!)早朝自宅に呼んだタクシーにスーツケースとチャイナバッグ達を詰め込み、国営大型バスステーションに向かった。

乗客が満員になってから発車する通常の運行と違って、この長距離国営バスSTCは定時運行するのだが、この日は珍しく30分ほど出発が遅れた。こんなことは本当に珍しく、7時に到着しなければ時間きっかりに出発するバスに乗り遅れることが常だった。

クマシを過ぎたあたりでガーナ人からの電話が相次いだ。

「今どこ?ガーナ?日本?今日本がTSUNAMIで大変なことになってるってニュース見たよ。SORRY WAI」

英語のSORRYは非常に便利な言葉で、この文脈では人の不幸に対し「お悔やみ申し上げます」の意になる。

支給された携帯電話は古い型番でインターネット機能なんてついてない。
たとえノートパソコンを開こうとも、無線ランなんて飛んでるはずもない。
てゆーかこんな公共の交通機関でノートパソコンなんて開いていられない。

日本で何が起きているかいち早く伝えてくれるのは、
民間や政府のいい仕事についてるガーナ人だった。

一体何事だ?ワケが分からなかった。

もう二度とボランティアとして往復することのない、アクラ行きの長距離バスの車窓をシスターナオミと感慨深く眺めながら、遠く遥か海の彼方の母国、日本で一体何が起きたのだろうとぼんやり思った。

この日は渋滞がひどく、いつもなら8時間ほどの道を10時間かけてスンヤニからアクラに辿り着いた。夕方五時を回っていた。
荷物をアホ程抱えるオブロニを格好の餌食とするアクラのタクシードライバーと格闘しながら、はうはうのていでドミトリーに辿り着くと、いつもの仲間達がいた。
「ねぇ、一体日本で何が起こってるの?ガーナ人から電話が入ったんだけど」
「東北で地震が起きて、大変なことになってるよ」
彼はインターネットを繋いでYOU TUBEの映像を見せてくれた。
あまりのグロさに言葉を失った。
それはまるでCG処理された映画のようだった。
9.11のような非現実的な現実の映像の残酷さに、足場が揺らいだ。
今生きている現実世界に酔った。

「荷物なんて置いて、早く…

PAFORMフォローアップ@Kumasi

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孤児院CILIA~Compassion In Love Is Action~

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その日の夕方、だるい体を引きずって 特大の荷物を荷台にくくりつけ バイクを走らせた
二年間交流して来た孤児院CILIAのもとへ

二年前にはクリスマスコンサートを開いた 去年は小麦粉バッグにみんなで絵を描いて浜田市世界こども美術館の アンでパンダン展に出展した 多分今頃、島根県で展示されているはず そして世界子供の日には子供フェスティバルを開催した
みんなみんな、同期隊員や同居人達、 地元のガーナ人に支えられて実現した
設立者のママシャロットは残念ながら首都にいて会えなかった
いつも、何かしてあげられないかなー、という思いが 頭から離れなかった 二年前クリスマスコンサートツアーをAYUとやるために買った 電子オルガンをCILIAに置いて来た ママ達に頼まれて、「ドレミ」を教えた 三十人の孤児が仲良く家族のように住む孤児院 ママシャロットはSHOKOLAを我が子のように可愛がってくれた 若いママ(保母さん)達も、姉妹のように慕ってくれた


最後に会えたママジュリ(写真左) ママシャロットに拾われた孤児は、立派なママになった この半年首都で社会福祉を学んでいたので、半年ぶりの再会
ママジュリが女の子にインタビューしていた 聞けば、コートジボワール国境沿いの古都ドマから来た孤児だという 社会福祉ワーカーの女性に連れられてきたのだった (写真右。CILIAの孤児の赤ちゃんをあやしている)
半年ぶりの再会が別れになったジュリは半泣きだった 「何かちょうだいよ、日本から何か送ってよ」 思い出が欲しかったのだろう
バイクで帰る姿を見ていられないといった様子で、 ジュリは中に引っ込んで行った
あー、そもそもCILIAに通いだしたのは、 ここヤヘマ村のチーフ・コンチヘネのナナ・ソロモンに トロトロで出会ったからだった
環境教育を一番最初に始めたヤヘマ中学校 チーフ達に招かれた訪れた孤児院CILIA 校長先生にお願いされてCILIAで苗床を作った世界子供の日
クイーンマザーの家の裏から流れてきたのは SARKODIEやDr.CRYMEやNANA BOROOのTEMA BOYZだった
皆に挨拶できない… 夕暮れのヤヘマを走り抜けた

LAST環境教育

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最後の最後の学校巡回! いや教師でもなんでもないんだけど! でもこのアフラスの子供達が通うエシアイエム学校で環境教育をすれば、テイン1森林保護区の回りの活動先コミュニティにある学校五校を一応全部回ったことになる。 乾期の野火対策と、 異文化交流と、 自分に出来る身の回りのことを 細々と地味に始めた学校活動。
特別枠をもらい、 中学一年生と二年生の合同クラス。 結局朝から午後まで丸一日もらってしまった。
アイスブレーキングは日本語の挨拶から! みんな必死でノートに書き書き 途中で気づいた この地区、貧しい移民の村で郡の境界にある田舎で 森の奥に住む子供は徒歩二時間かけて通う。 生徒も少ないし、校舎も半壊で、 半分以上の生徒が青空教室。 なのに、他の四校のどの学校よりも ノート保持率が高かった 全員が全員、きちんとノートを取っていた 生徒の授業に対する真剣さが伝わって来た
「幸せなら手を叩こう」 英語!チュイ語!日本語! 大声で大合唱 一番燃えるのは先生達
私が拙いチュイ語と英語で一言喋れば、 全ての意を汲み取って 熱心な先生が子供達に分かりやすいように チュイ語で詳細に説明してくれる。 私はみんなの興味関心を引ければそれで十分 外人ボランティアって、その為にいるんでしょ?
社会科の先生エリックは、 私が用意した教材を自ら手に取って 子供達に説明してくれた。 これは野火の原因のひとつに、 火を放って獣を獲ることがある説明の絵。
環境教育の後は美術クラス! SHOKOLAは美術とか音楽とかART系科目が大好きだった なによりも子供の柔軟な創造力が発揮される分野だから 心を豊かにするには感受性を伸ばすのが一番 自由で柔軟な子供の心には、多くの可能性が秘められている
テーマは「環境」 日本の環境児童画展にみんなで出展するために アートのクラスなんてみんな初めて 戸惑っていた子達も、 いつの間にか集中して黙々と描き出す
子供が描く、右脳炸裂の自由奔放な絵が大好き キレイな色使いに思わず見とれた
とても優しい校長マダムグレース 「昔、教育学校で美術クラスを習ったのを思い出したわ」 子供達を真剣に見入っていた
帰りの集会 小学校の校庭にて
アフラスの子供達は、これからあのオフロードを二時間かけて帰って行く
丸一日立ちっぱで授業を行いクタクタだった。 やばいなー、疲れすぎてぶっ倒れそう。 明日から行われるワークショップのために、この日の夜クマシに移動しなければ行けなかった。最後のバイク巡回、…