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人生のカラクリ3

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ネットカフェで夜行バスを待つ放心状態のshokolaの頭によぎったのは、スクールバスのことだった。バスはすぐそこまで来ているのに、何もできない。手も足も出ない。ドイツに留学したいと言っていたコーサにも話して聞かせたかった。けど今回はとてもじゃないけどそんな余裕はどこにもなかった。

それにしても、今までの努力はいったい何だったのだろう。すべてをうまく回すために細心の注意を払ったし、本業外のお遊びでこんな大事を為す以上、本業のボランティア活動は120%頑張った。もうそれこそホント胃が痛くなるくらい悩んで、色んな困難を乗り越え、でもやるべきことは全てやって、みんなにも協力してもらって、万全のはずだった。どんなに最善を尽くしても、報われないこともある。しかも納得のいかない、とても理不尽な、些細な理由で。
神様はイジワルだ。悔しくて、涙がでてきた。でもそもそも日舞 & HipLifeという未知の異文化コラボを発案したのはコーサだ。きっと悔しいのはコーサも一緒だ。むしろ交渉している本人の方がショックだろうな…大丈夫かな…。そんな思いを巡らせていたときに、折り返すと言っていたコーサから電話が入った。

「…あんまし大丈夫じゃない。今日はすごい疲れた。ホントがっかりだよ。これって新しいチャレンジだったんだよ?なんで新しいクリエイティブなことをしたくないのかなぁ。物事ってベストを尽くしても必ずしもうまくいくとは限らない」

早口で淡々とまくしたてるコーサの英語がこのときはすんなり入ってきた。コーサのアイデアはAwardsのお偉方には新しすぎたのだ。そしてまだ若いコーサ達、業界の重鎮と張り合っていくには色んな壁が立ちはだかるのだろう。私たちは未熟だった。この大舞台をこなすにはまだ青いよ、と出直しさせられ摘まみ出された。

夜行バスが暗闇を走り抜ける間、SarkodieのアルバムMAKYE(チュイ語でおはようの意)を聴きながらずーっと考えた。強い力で引き寄せられたアクラに強烈なしっぺ返しをくらい、叩き追い返された、一筋縄ではいかない人生のカラクリの意味を、テマの港で待つスクールバスに後ろ髪ひかれながら。

人生のカラクリ2

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二月中旬にドイツ人の先生から、ブログにメールが届いた。


「私たちの地区に、あるガーナ人が住んでいます。彼は故郷のチラにスクールバスを送ろうとしています。私は生徒とチャリティ・イベントを学校で開いて、彼のプロジェクトを応援しています。shokolaの住むチラはどんなところですか?子供たちはどんな暮らしをしているのでしょう?チラの生徒や先生たちと連絡が取れたら嬉しいです。」

イスラム系哲学者からわけのわからん書き込みをされた直後だったので(しかも同居人ナオミと「ソフィーの手紙」を読み進めている最中に)ふたりで大興奮!チラ出身のガーナ人がドイツに住んでるって?!しかも故郷にバスを送る?!なんでガーナのどこの都市でもなく、私たち日本人ボランティア四人が共生する田舎町チラに!!!その後何回がメールをやりとりしたところ、バスはもう船便でドイツの港を出国したとのことだった。二三カ月かかるってことは、五月くらいかな?楽しみだなー♪独立記念日の三月六日に行われた学校公式行事でチラの小中学校を取材し、ニュースレターをドイツの学校に送ったりして(英語ブログご参照★)わくわくしながら日々を過ごした。
「アンス・イェボアが学校に挨拶に来ました。スクールバスを受け取ってチラに運ぶため、ガーナに向かったそうです。彼の家族はあなた方のことを知っているそうです。アンスと会えるといいですね」

アンスもイェボアも超ローカルなガーナ人名!間違いなく彼は生粋のガーナ人だ!チラは小さな田舎町(といっても私たちの活動先コミュニティよりは何倍も大きい地域の中心)オブロニ外国人は私たちだけ。もうアンスはチラに来てるのかなぁ?いつ会えるんだろー♪

のんきにワクワク待っていたら、その「いつ」は本当にすぐやってきた。赤いバイクで通勤中のナオミが偶然すれ違い、発見されたのだ!そしてその日の夕方みんなで会うことになった。ダンスリハーサルでアクラに上がる前日だった。
このときアンスと一緒にいて赤いバイクを発見したガーナ人こそ、私たちの活動をこの一年間応援して助けてくれたMr.KUMIHだった。森林プロジェクトでコミュニティ・ファシリテーターとして働き、プロジェクト後も私たちボランティアのことを気にかけてくれる世話好きのクミさんは、実はその昔ドイツに住んでいた頃、移り住んだばかりのアンスのことも色々と面倒をみていたのだ!

なんなの…

人生のカラクリ1

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スンヤニに帰ってきてから一週間たったある日。コーサからとんでもない命令がくだされた。

「今週末にサルコジ本人と最終リハーサルをアクラでやる。それまでにダンスを日舞とHiphopに分けて作り直して、自分たちのリハーサルをビデオにして持ってきて。最終リハの場所と時間?そんな話はビデオ持ってきてからだよ」

こいつは私たちがガーナ全土に散らばるボランティアだということを分かっているのか?
私はアクラまでバスで8時間もかかるスンヤニに住んでいるんだぞ?

あまりの無茶ぶりにブチ切れて同居人のナオミたちに散々グチりコーサと冷戦状態に陥るも、冷静に考えれば本番まで時間もないし、相手はなんてったって超多忙の人気アーティスト。今回の舞台はガーナ①立派なホールNational Theatreで行われる、年に一度様々な音楽部門の受賞が行われるGhana Music Awardsというとても大きな音楽祭。コーサはただでさえこの準備で忙しいのに、銀行の同僚が休暇に入る引き継ぎで死にかけている。

やれといわれたらやるしかない。

「わかったよ。みんなでアクラに集まってリハやるけど、
でもどう頑張ってもビデオ渡せるのは最終リハ前日だよ」

冷戦終結の雪解けにコーサの微笑が浮かんだ。
「love it babe, just go ahead」

みんなに事情を説明して日舞とHiphopにダンサーを分けて、エナジー達にダンス作り直してもらい、日程を調整してアクラに集合した。引っ越しの荷造りで漫画も食器もシーツもなくなったアクラのボランティア・ドミトリーに女子六人が集い、夜な夜な踊りの練習をしてビデオを作り上げた。
最終リハ前日。アクラで打ち合わせがあるからその前後に会おうと言ったコーサに会えたのは、最近できたアフリカ最速のVodafoneネットカフェで暇つぶし六時間の末クーラー病になりかけた夕暮れだった。

コーサに呼び出されたのは大統領官邸President Palace近くのAFRIKIKOというアフリカ有数の老舗レストランだった(Hiphopダンスを作ったアクラ在住ボランティア・エナジー情報。知ってるあたりが流石!)AFRIKIKOはMonsoon caféの屋外テラスのような開放的なエキゾチックレストラン。コーサはMusic Awardsの打ち合わせ中で、この後場所を変えて続きをやるという。急いで…

物語の予感4

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一年報告会とダンスの練習を終えたshokolaはスンヤニに帰る前に、 同期のむさぴょんに誘われてCape Coastへ足を伸ばした♪
むさぴょんとの乙女トークに花が咲くshokola
そういえば大学の時からこんなことしてたっけ… 渋谷と西麻布の夜が懐かしい! みんな元気かなー?
そうして念願の世界遺産のエルミナ城を訪れた。西アフリカ(つまりはアフリカ大陸)最大の奴隷貿易の拠点
そのお城から見渡す港町の入江 歴史が幾重にも折り重なり 濃厚な層となってエルミナの街の空にたれこめる

このまま北上して任地スンヤニに直行するだったshokolaを、一本の電話がアクラへ舞い戻らせた。
イギリス公演を終えたコーサ達が予定より早く帰国したのだ。
この人はまったく、いつも…不思議な引力で帳尻合わせてくる。
バスを乗り継ぎ、アクラに着いたshokolaは彼らの本拠地テマに向かった。



「ひさしぶり!元気?会いたかったよ~ こないだ会ったのいつだっけ? もう一年くらい会ってないきがする」

殺人的な忙しさの中では、電話でギャンギャンがなりあったことや、質問攻めのメールも忘却の彼方なのだろう…
アクラから車で一時間のテマは港街。全ての物資が経由する、ガーナと世界をつなぐ窓口。その湾岸の工業地帯に至るまでには、道幅の広い直線道路と区画の大きな家々が整然と並ぶ。日本人はよくこの新興住宅街を「横浜みたい」という。
「テマは成功の証 競争に勝ったものだけが生き残ることができる」 BMWのかわいいBeatleを運転しながらさらっと話すコーサ
政財官界や芸能人がうようよ住むテマ
もちろん工業地帯だから、市井の人も生活を営む
横浜生まれの横浜育ち、中高を箱庭のような女子校で過ごし 青山でキャンパスライフを謳歌し、丸の内金融OLの果てに アフリカの村落開発にたどり着いたshokola
なんか不思議な錯覚に襲われる なんで私はここにいるんだろう なんで私はこの人のとなりにいるんだろう 押しの強い歯切れのいいビジネスマンも、家族の前では普通のお兄ちゃん 家族をとても大切にするガーナ人、コーサは弟ふたりをとっても可愛がってる
チュイ語を喋って子供を驚かす楽しみったらない(笑)
イギリス公演の写真、秘蔵のライブ映像、新曲、 さんざん楽しんだあとで思い出した。うちらの自作ダンスビデオ!
アップテンポで迫力のあるラップに合わせて、艶めかしい日舞が舞う 「うん、いいねぇ」ご満悦の様子…