金融危機!-異文化交流の洗礼

ある日メールが送られてきた。

「明日までにバークレイズ銀行の口座番号××××にお金を振り込んで」

送り主は友人の音楽プロデューサー・コーサブラウンだった。

は???い、い、い、一体なに???日本では考えられない非常識なメールに唖然とした。

「あんたそれでも銀行員?理由と、金額と、用途くらいちゃんと説明しなさい!」

日本人の金銭感覚でいえば、お金の無心はただ事じゃない。ガーナ人って確かに「お金な~い」とか「お菓子ちょーだい」とかよく物をねだるし、持ってる人は気軽にあげる文化だけど、こんな振り込め詐欺みたいな話は聞いたことない。なにコイツ一体どーゆーつもり?今までの協力関係は一体なんだったの?連絡がつかず眠れぬ夜を過ごした翌朝、巡回先のコミュニティで一通のメールを受信した。

「HA HA HA! ちょっと面倒が起きてお願いしたんだけどね、もう工面した。お前にはがっかりだ!」

な、な、な、なんじゃそりゃー!こっちこそお前にがっかりだっつーの!そんなヤツこっちから願い下げだ!

「あたしだって悲しいし超傷ついた!あんたあたしのことどー思ってんのよ!あんたとは住む世界が違うわ!」

いつもならこのコミュニティから見渡すオフロードの景色は、天国に一番近い場所なんじゃないかと思うくらい清々しい。でもこの日の帰り道は目に映るすべてがなんだか物悲しかった。

なにが違うって、物を所有する感覚がまるで違うのだ。ガーナ人そしておそらくアフリカ圏は物や金を共有する感覚が広い。当たり前のように見ず知らずの他人の物を使うし、冗談であれこれ物をねだる。そして未練なく気兼ねなく人に施す。一つの皿にのったフフを一緒に手でチョップするのは親愛の証、上司がいたらその場を持つのが当たり前だから部下もオネダリが当たり前、いったん仲良くなれば仲間うちでお金を融通するのも普通だと職場の同僚が言っていた。

そしてもう一つ、元銀行員として推測できるのは、彼の職業からくる金銭感覚の違いだ。銀行員にとって仕事をしているときの金額は単なる数字と計算に過ぎない、支店であれば現金が紙くずのように右から左へと宙に舞う。しかも音楽プロデューサーとして色んな歌手やイベントをマネージする彼は、動かしている額がケタ違いだ。格安交通手段トロトロに乗って毎日移動し、道ばたの屋台でご飯を済ませるボランティアとは生活のコンセプトが決定的に違う。

「心配ないよ。友情は残る。」

はぁ??何いっちゃってんの?あんたの顔なんか見たくもないし!もう絶交よ!サヨウナラ!

その夜、シスター・ナオミに泣きつき事の顛末を告げた…と同時にコーサから着信が入った。

「…悩ませてゴメン。銀行の顧客の方で穴埋めが必要だった。知り合いの社長の口座管理でトラぶって…」

コイツ開口一番謝罪できる人間だったのか!…しかも音楽じゃなくて、銀行のポカ…って、にしても、日本のコンプラ基準にしたら考えられないずさんな内部管理ルールだし!エイ!ガーナ!

「あのね、ひとついい?私は日本で生まれ日本で育った、日本ではガーナなように簡単にお金の貸し借りをしない。ガーナでは普通なの分かるけど、私にはできない。したこともない。今後私たちの関係にあなたの金銭問題を持ち込まないで、じゃなきゃこれ以上仕事や協力の話はナシよ。」

電話口から泣き入りそうな声で返ってきた。

「ごめん、もう絶対しない。こんなこと普通の知り合いには頼まないよ。俺からもひとついい?お互いの文化の違いをもっと知ったほうがいいよ。そしたらお互いいいところを学びあえる。」

結局、痴話ゲンカで済んだ今回の金融危機。でもわが身を振り返って思ったのは、一般的な日本人女子として生まれ育ってきた私には、大金の貸し借りをした経験がない、つまり本当の意味でお金に苦労したことがないということだった。そんな私にはトモダチだからって言われた口座にお金を振り込むことは到底できなかった。金銭のやり取りにアレルギー反応のようなものが出てしまう私は神経質すぎるのだろうか?

金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったもの。物やお金を所有する感覚が、もとい全く異なる環境や価値体系で育った者同士が関係を築き、なにか共同作業のようなものをしようとした場合、どうしたって軋轢が生まれる。

でも・ま、今回の金融危機はこれから巻き起こるdeepな異文化交流のほんの序章にすぎなかった!HA HA HA

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