日本でマラリア発症

全身ジンマシンで病院にかかったのに、なぜか「ウイルス感染の疑い」で救急病棟に入院になったショコラ。十月中旬、アフリカ旅行のフライト三日前の出来事であった。

駅前の病院、五階。夜景もなかなか。
40度の発熱、発疹、かゆみとの戦いが、
長い長い入院生活が始まった。


翌日には全身検査をくまなく済ます。
心電図、エコー、全身CTスキャン、その他もろもろ。
なぜなら入院した理由「ウイルス感染の疑い」
なんのウイルスだかさっぱり分からない!
肝臓の数値がおかしいってんで、血栓があるんじゃないか、
レアな病気を一通り疑い、連日数値の変わる血液検査の結果と、
繰り返す40度の発熱に頭を悩ますドクター達。
ショコラは熱にうなされ頭が痛くて、本当に悩まされた!

38度なら「あ〜今日ラクだわぁ」
37度ならシャワー日和である。

丑三つ時から悪寒がMAXで全身アイスノン漬け。
その悪寒どきが同じく体温MAX40度で、そこから徐々に下降するらしい。
原因が分からないから対応しようもない。処方されたのは頭痛止めのロキソニンのみ。これは治療ではない。経過を観察し、体力の回復を待ったが発熱を繰り返した。

悪夢はやっぱり変わらずだった。
入院前日、畳の上に寝るショコラに押し寄せて来た数百人の侍との竹薮での真剣白羽取り修行。救急病棟の白いベッドの上、きれいな夜景を見下ろす暗い病室にやってきた夜の訪問者達。皆、沈黙を守りショコラの枕元を囲んだ。人のカタチをかたどった、とりどりのエネルギー体たち。月夜に照らされたその紺色の身体は、まるでにショコラを見舞うかのように周りに立ち尽くした。普段夢なんて見ないので、不思議な体験だった。


救急病棟から内科のさらに見晴らしの良い7階の個室に移っても原因は分からない。
テレビ、冷蔵庫付きの個室で悠々自適。
要は完全隔離である!

看護士さんは患者の情報をカルテできちんと共有するのが仕事
「青年海外協力隊でアフリカに行かれてたんですか?私も興味あるんですー♡」
主治医から担当の女医さんまで、好奇心が旺盛
「宮城と福島で、どんな活動してたの?」

入院のせいでフライト前日に行こうとしてた幼なじみの結婚式パーティに出損ねる。
その中1からの幼なじみ仲間から近所から色紙とペンを持って、
メッセージを届けるためにかけつける。
「なんか本でももっていこうか?」

知的派女子がもってきたのは、かなりビターなアフリカの黒い黒い歴史と、今の資本主義社会を築いた闇の現実を描いた、衝撃的な「チョコレートの真実


38度以下のときは暇すぎてお絵描き

持って来てもらったMacちゃんはやる気が出ずついぞ開かずじまい


ちなみに下の写真は懐かしいガーナのニャホ・クリニックでの点滴の様子。
8ヶ月前、日本帰国直前に入院したのは2011年2月。
まさか一年の間に二回も入院するハメになるとは。
しかもアフリカと日本!
どんだけ厄しょってんだショコラ。
まーそれだけ色んなもん祓ってもらってるワケですね


下の写真が日本の大学病院での点滴の様子。
なんかもーシールまで肌に優しく、便利なカタチに作られていて、
チューブのジョイントもやたら多いし、腕輪つけてID管理も完璧で、
つくづく恵まれすぎた母国、ザ・快適日本である。


入院から一週間。快適な7階の隔離部屋。
テレビ三昧な日々。おもしろ&やさしい看護士さんたち。
日々通ってくれるMAMY
メロンがこんなに素晴らしい病院食だなて知らなんだ。
仕事帰りに夜遅く立ち寄ってくれた弟。翌朝「旦那さんですか?」
と看護士さんたちの間でこれまた誤った事実がしっかり共有されていた。
「うーーーーーーん」
主治医も女医さんも、ショコラの発熱に一喜一憂しては血液検査の数値と睨めっこ。
相変わらず服用するのはジンマシンの薬とロキソニンだけ。

「アフリカから変な病気もってかえってきたんじゃないの〜」
仲良くなった女医さんと半分本気、半分冗談のやりとり。

「ね、先生さ、やっぱマラリア…調べてもらえないかな?
帰国から時間たってるから疑わなかったけど、もう消去法でこれしかなくない?」

お医者さんはさすがで、見たこともない違う世界の病気でも、お勉強したことだけはきちんと覚えている。文献の記述であろうマラリアの概要を諳んじたあと、
「わかった、ちょっと調べてみるね」

数時間後

「森サン、見つかった、マラリア。
血液の中にあった。
今から転院しよう。」

「え!今から?」

「うん今すぐ。向こうも早くきたほうがいいって言ってるし、
明日から祝日だから手続ききっと時間がかかる。」

朝のお喋りから一転、昼には原因が解明し、
夕方には救急車に乗って感染症専門の病院に転院していた。

ものの数時間で転院手続きを全てまかなってくれた女医さんは、救急車に同乗して新たなドクターへの引き継ぎまで、最後まで付き添ってくれた。
その日の午後は熱のなかったショコラは救急車に寝る訳でもなく、ちょこんと脇の椅子に腰掛け、見慣れた横浜市内の車窓を眺めた。幹線道路をスイスイ走る救急車。交差点の渋滞ではサイレンをとめた。私の命には信号を待つ余裕がある。
「森サン、実はあたしと同い年」
「え!ウッソー!落ち着いてるからもっと上かと思った!」
「まー職業柄ねー、そのほうがいいし。」
救急車の中の開口一番のカミングアウト。女子会話に花が咲く。
「いや〜まさか帰国から7ヶ月もたってマラるなんて!
おかしーなーとは思ってたけど、完全に抜けてた〜」
「1日起きに発熱とか頭痛とか、調べたらその通りの症状じゃん」
「なんで医者になったの?」
「んー、父が産婦人科だったから、なんとなく。
実は転院先の病院、私の高校の近くなんだよねー」
さっすが、県下一の名門校である。
「医者の世界って狭いのよねー。だいたいドクターはナースと結婚する」
熱がなければ突っ込みどころ満載の独白である。
ああ、先生元気になったら飲みいこーよー


転院先は丘から横浜を見下ろす市民の病院

5人くらいの主治医、お医者さん、研修医さんたちに囲まれ診察。
感染症ですから採血量もハンパない。
若い研修医の兄ちゃんが、震える手でごん太の特別注射器を構える。
隣のおばちゃん看護士さんが良かったなー(心の呟き)
まーでもガーナで刺された注射針を思ったら屁でもない。

ここはまた本格的な隔離病棟で、感染症内科は外来から行くにははいったん地下二階まで降りて霊安室の隣を通って専用エレベーターで上がらなければならないという徹底ぶりだった。即日マラリア薬の投薬が始まり、40度の熱は出なくなったが体力がみるみる落ちていった。ここは隔離病棟、水分摂取したくとも一般病棟の売店にまで行かなければ何も無い!通常感染病棟の患者は外出一切禁止であるが、ショコラのマラリアはどーあがいたってシマシマのハマダラ蚊くんさえいなけりゃ他人に移りようもない。38度で貧血はつらかったが、テレビのなくなった病室で寝るのも飽きた、ふらっふらで病院をさまよう。うふふ。地下にはりめぐらされた廊下はショコラモグラのお散歩道である。MAMYは最後まで霊安室の脇を抜ける地下二階を不気味がっていた。


ここの病院食は本当に品数の多い和食で、きのこご飯が最高にうまかった。
前の病院では防衛本能が働きしっかり三食食べていたもんだから、転院のとき乗らされた体重計の数字に現実を疑った。ま、まさか、減ったどころか増えてない?
「点滴太りすることもありますから」看護士さんの優し声が遠くで響く。

ありがたいやら切ないやら、つーか情けない。泣
でもこれだけおいしい病院食を日に三度頂けることに涙が出るほど感謝した。
やっぱり病院でフフやバンクーはキツイ!
でも食べないと恋しい

ガーナでお世話になったJICA健康管理員の方に連絡をとり、病状を報告。相談。
とても驚かれていたが「20年たって発症する例もあるからねー、今でよかったね!」
えーーーーー!!!!!20年て!!!体力的にもメッチャきついやんけ!
よ、よかったー。今で。。。

楽しみにしていたガーナ旅行が全てパァになり、
もう悔しくて悲しくて仕方のない入院生活二週間。
あーもう、完全に人生タイミング狂ったこと間違いなし。
ガーナの友達にも「なんで日本でマラリア?!SFホラー映画じゃん!」
各方面から散々言われ、哀れみの言葉を頂いた。
特に外国でマラリア治療に苦労した友人達からは「ソーリー」の嵐。

日本社会はといえば、みんなに上機嫌で「いってきます♡」の挨拶のあと
ひとしれず旅行全キャンになったため、日本に存在しないことになっていた。
情報社会のネットワークから解き放たれた、束の間の開放感も悪くなかった。

こうして計二週間の入院生活を終え、11月は自宅で療養しながらマラリア薬の服用を続けた。診断は卵系マラリアといって、熱帯熱マラリアや三日熱マラリアより致死率は低いものの肝臓でマラリア原虫が休眠体となって潜む、潜伏期間が長いレアなマラリアだった。マラリアは血にのって全身をめぐるため、重症だと命を落とすし、脳に障害を残すこともある。マラリア発症のときに悪夢を見ることが多いのはそのためで、視力にも影響がでやすい。レーシックでかなり良くなってたショコラの視力も、少し落ちた気がする。ワクチンは開発されておらず、今のところ予防薬で防ぐしかない熱帯性のハマダラ蚊を媒体とする感染症の病気である。治療薬は劇薬で、むしろ病気よりその薬の副作用で著しく体力を落とす。そして血小板が少なくなることから、病後しばらくはほとんどの患者が重い貧血に悩まされる。そして最大の後遺症は、一度マラリアを患うと献血や輸血がいっさい出来なくなるとうことだ。

まーでも熱帯の地域では、発熱=マラリアという図式が人々の先入観に埋め込まれている。他の病気でもマラリア薬を投与されるくらい、まっさきに疑われその代わりに治療の開始も早い典型的な病気なのである。ひるがって日本は最高の医療衛生環境が整っている国だが、医者はまずマラリアなんて疑わないし、つーかいろんなことに潔癖すぎて、本人も周りも病気を気にしすぎな傾向がある。

暑ーい暑いトロピカル・パラダイスの中でフフとバンクの食いながら闘うのと、
治療が遅れ滅菌室であれやこれやと気をもみながら生きるのと、
一体どちらがいいんでしょ?

長くて短い人生、どっちも経験してみんのが一番じゃない☆

今は全快してぴんぴん元気なショコラから、日本マラリア闘病記のご報告でした♡

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