屋根と先生

小休止。

徒然の思い草。

霜なんぞどこにも下りてなかった、去年の十一月。


突然、家の工事が始まった。

自分のアフリカ旅行しか頭になかったので、すっかり忘却の彼方だった。
確かに聞かれたっけ。
フライト前。つまりマラリア入院前。

「家の壁、何色がいい?」

薄皮めくって本音を確かめてたら、恨んでたかもしれない十月。
でも神様は全員島根で宴会中だったので、徒労に終わった。

もし二日酔いの神様をみんなの前に引きずり出したら。
それはみんなを照らす陽の色。
橙と黄色を溶かした、まばゆい黄金。

霜は下りてないけど、どんより曇り空の下に並ぶのは、なんだかはっきりしない地味な色の家々。
ここに赤や黄色の家が出現したらなー。
異邦人ショコラでもさすがに責任感じる。

神様の衣の、たなびく裾は、光に透ける青かもしれない。
清らかな宇宙に通じる、生命の源。

じゃー、補色の寒色にしたら?
鮮やかな青の見本ページに付箋が貼られた。

昼も夜もこんこんと寝続けて、
一時間ピアノを弾くのが最大のリハビリだった退院一週間目。

金属音が近所中に鳴り響き、梯子が掛けられ、家はすっぽりとカバーに覆われオペが始まった。



日本中を荒らした台風は、横浜の小田舎の屋根をもはがしていった。

弟は姉がアフリカで泥壁の家や青空トイレに馴染んでいた間、
リフォーム全般請け負うやり手の営業マンに変身していた。

屋根をはがすのは台風だけでなく、
日本を揺るがした大震災は東北中の瓦を落としていった。
福島県の農家さんちで瓦屋さんと一緒に登ったのが懐かしくって、
貧血の千鳥足で弟にくっついて梯子を登った。


満面の笑みで屋根に登った病み上がりを見て、瓦屋さんがかましてくれた。
「妹さん?」


懐かしい農家さんちは平屋で、単純にその二倍の高さ。

しかもここは小高い山の連なる横浜の、峰を切り崩した住宅街。
足がすくむほどの見晴らしは、病み上がりの立ちくらみを一瞬にして吹き飛ばした。

粋な職人のおっちゃんは、
どこまでもきっちりとした仕事を貫く漢で、
やっぱり福島の瓦屋さんを思い出させて懐かしかった。

瓦屋さんの次に塗装屋さんが終わって、最後のドア屋さんに言われたっけ。
「旦那さんは、ご在宅ですか?」

主人?父は先に七回忌を済ませた故人ですが。
なんのことはない、今度は営業マンの嫁にされていた。


ここにも被害者が。
見舞った姉の、夫に勘違いされていた哀れな弟、もう一人。

「姉が小学五年生のときって、何考えてた?」

帰国後ロクに家にいなかったが、自宅療養中の今は紛うなき家の主。
仕事を終えた先生と、食卓を囲んで禅問答。

「好きな子いたなー、いじめっ子といじめられっ子がいて、漫画読んで絵ばっか書いてたでしょ、流行の歌をみんなで歌って、放課後は自転車で遊び回ってー」てゆーか思い起こすほど大したこと考えちゃいなかったし、記憶障害のショコラはそもそも過去の記憶が薄い。今しか辞書にない、どーにかなるさの楽観主義。

現代っ子は放射能やらバイ菌やらイジメやら、心配事がたくさん。
先生たちはモンスターペアレントと、ちょっと枠に収まらない子達の対応に、全ての時間を奪われる。昔はよくいたちょっと変わった子にも、今は全て名前がついてしまう。

「学校ができることって、その子を全力で守ることだけだからなぁ」

さらっと放った言葉の重みに、目が覚めた。

高校卒業して十年。
学校で先生に、こんなにも気にかけてもらっていたことを知った。
子供が大人なるには、それだけ周りの人間に愛情を注いでもらっているのだ。
途上国で普通の日本人女性が一人、元気に、安全に暮らしていけるの同様。

「クラスの音楽、作りたいな。でも初めての担任だし時間もキツいな」

姉がアフリカで音楽家と戯れている間に、自分で音楽を作り始めていた弟。
「作んなよ!アンタ、人生一回だよ。後悔なんて後でしなよ!行動あるのみ!」
過去はうまく答えられなくても、今のことなら胸を張って示せる。
翌週、居間でのびてる姉にニヤリと報告。

「プロジェクト、始動したよ。音楽委員会の子達が、詩を考えてくれた」

なんかいいメロディない?
ふんふん♬
適当に五線譜にメモる

音楽は神様に通じている

冬休み、美しい合唱曲が生まれた。
旋律は明るく伸びやかで、不思議な和音が伴奏となって階段を自由に駆け回る
それは眩しく弾けるオレンジと、明るく優しいイエローが、爽やかに満たす淡いピンク
歌うなら、希望の詩
日本語で送りたい
未来に飛び立つ子供達に
私の原案メロディはあとかたなく彼のアイデアに昇華した


営業マンは麻雀の付き合いに忙しくて、せっかくのもう一台のローランドも冬眠中。
じゃあ、ということで演奏にも映えるジュノちゃんの方を拝借。
可愛いケースに身を包み、ルンルンとご機嫌ジュノちゃんは、
中目黒に、保土ヶ谷に、横浜に、引っ張りだこの年末だった。

麻雀に営業にと寝る間もないご主人様に変わって、
自由にぶっ飛ぶアフロ・シスターとライブ行脚。
日本の夜空と街の喧噪と、懐かしい調べと、溢れる音と、聖なる夜を騒ぎ明かした。

営業マンは無駄に絶対音感があって、
先生にはフレーズにはまる和音を、
アフロ・シスターには音符を、
不意に煙突に落としたかと思うと、また夜の雀荘に消えていった。


アフロ・シスターは、今日も気ままに口ずさむ。
ピアノの音色に想いをのせて。
きっと世界の果てで、愉快な仲間と歌い続ける。

先生は、今日も子供達と歌い合う。
寒空に身を切らして学校に通い、親と子供と、真剣に向き合う。
自分のセンスと、理論と、知恵で、新たな音を創りだす。

営業マンは今日も麻雀。明日は接待。たまにリンゴとみかんをもらってくる。
いったい、いつ歌ってるんだろう。
でも彼の音は完璧で、心の琴線を知っている。


音楽は神様に通じている
宇宙の神秘は輝く紫紺で、パールに瞬く天の川が流れる
色んな思いの光が彩り、音の粒となって、私達に降り注ぐ
想いよ 届いて
大切な人へ



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